﻿<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>廃藩置県 &#8211; 歴史をわかりやすく解説</title>
	<atom:link href="https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/tag/%E5%BB%83%E8%97%A9%E7%BD%AE%E7%9C%8C/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://wakariyasuku-rekishi.com</link>
	<description>日本の歴史や世界史・偉人やお城をわかりやすく解説します。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 24 May 2019 11:07:48 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.3</generator>

<image>
	<url>https://wakariyasuku-rekishi.com/wp-content/uploads/2018/07/cropped-rekishi-favi-32x32.png</url>
	<title>廃藩置県 &#8211; 歴史をわかりやすく解説</title>
	<link>https://wakariyasuku-rekishi.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
<atom:link rel="hub" href="https://pubsubhubbub.appspot.com"/><atom:link rel="hub" href="https://pubsubhubbub.superfeedr.com"/><atom:link rel="hub" href="https://websubhub.com/hub"/><site xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">148332681</site>	<item>
		<title>版籍奉還・廃藩置県とは？ 新しい政治を行うために行ったこととは？</title>
		<link>https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/860</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Jul 2014 04:26:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[明治時代]]></category>
		<category><![CDATA[日本の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[日本史]]></category>
		<category><![CDATA[明治維新]]></category>
		<category><![CDATA[版籍奉還]]></category>
		<category><![CDATA[廃藩置県]]></category>
		<category><![CDATA[三条実美]]></category>
		<category><![CDATA[木戸孝允]]></category>
		<category><![CDATA[大久保利通]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/860</guid>

					<description><![CDATA[今回は版籍奉還・廃藩置県について、日本の歴史を紹介します。 版籍奉還とは？ 新しい、政治ができても、それぞれの地方は江戸時代と同じようにもとの大名が治めていました。 天皇は、徳川氏の持っていた領地を自分の領地にしただけで [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は版籍奉還・廃藩置県について、日本の歴史を紹介します。<br />
<script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><!-- 日本の歴史WPー上改 --><ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="3914141462"
     data-ad-format="rectangle"
     data-full-width-responsive="true"></ins><br />
<script>
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
<h2>版籍奉還とは？</h2>
<p>新しい、政治ができても、それぞれの地方は江戸時代と同じようにもとの大名が治めていました。<br />
天皇は、徳川氏の持っていた領地を自分の領地にしただけです。</p>
<p>これでは、新しい政治を行うことは出来ません。</p>
<p>そこで、政行の指導者たちは大名の土地と人民を朝廷にかえさせることが藩を取り締まる上に必要だと考えました。</p>
<p>1869年（明治二年）政府は薩摩・長州・土佐・肥前の四つの藩にすすめて土地と人民を天皇にかえさせました。</p>
<p>すると他の藩主もみなそれぞれの土地と人民を天皇にかえすことを申しでました。<br />
全国の藩、中でも特に小さい藩では維新の戦争で、お金に困っており人民を取り締まる力も失っていました。</p>
<p>そこで、これらの藩は、むしろ喜んで政府のすすめに応じました。<br />
政府は、今までの藩主を政府の役人と認めて藩知事に任命し、藩の政治を行わせました。</p>
<h2>廃藩置県とは？</h2>
<p>しかし、版籍奉還はしたもので、もとの藩主が藩知事(知藩事ともいう) という名前で、これまで通り藩を治めていたのですから本当に新しい政治に変わったとは言えません。</p>
<p>政府は藩の政治を付き崩し政府のカを高めようと勤めました。</p>
<p>けれども、藩知事の中には新しい政治を心から喜ばないものも多く、また人民の方もこの殿様に治められているので少しも新しい気持ちになれませんでした。</p>
<p>そこで、木戸孝允は大久保利通、西郷隆盛と相談して1871年(明治四年)、今までわかれていた藩をすっかり無くそうと考えました。</p>
<p>今度は反対する藩が出てくることも予想されました。<br />
そこで政府は、まず薩摩と長州の藩主を説き伏せました。</p>
<p>それから薩摩・長州・土佐の三つの藩の武士一万を東京に呼び寄せ政府の軍隊をつくりました。<br />
言うことを聞かない藩主があれば軍隊の力で、やっつけようというのです。</p>
<p>1871年7月14日、三条実美・岩倉具視以外の公卿は全部のぞいて、西郷隆盛・木戸孝允・板垣退助・大隈重信を中心とする薩長土肥の出身者で固めた政府がつくられました。</p>
<p>そしてその日、天皇は東京にいる講藩知事を呼び集めて藩を取りやめ、県をおく命令を伝えました。<br />
こうして、大小様々の藩は無くなって三つの府と72の県ができました。</p>
<p>もとの藩主であった藩知事は役目をとかれ俸禄(給料)と華族の身分が約束されて住まいを東京に移されました。</p>
<p>変わって東京・京都・大阪の府には府知事が、県には県令がおかれました。<br />
府知事も県令も東京の政府が決めたものでほとんど、他藩から出たものが任命されました。</p>
<p>これらの仕事が廃藩置県と呼ばれているものです。<br />
廃藩置県が行われてから今まで藩が取立てていた年貢は政府の手に治めることになりました。</p>
<p>その代わりに政府は藩主と藩の武士への俸禄を出してやり藩が借りていたお金も代わりに払ってやることになりました。</p>
<p>これによって、旧藩主は借金から逃れ貸主である高利貸の資本家は踏み倒される危険を免れました。<br />
廃藩置県が行われたために日本の政治は、政府の命令通りに行われるようになりました。<br />
<script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><!-- 日本の歴史WP下 --><ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="8503767943"
     data-ad-format="rectangle"
     data-full-width-responsive="true"></ins><br />
<script>
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
<div class="m30-b"></div>
<p><script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><br />
<ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-format="autorelaxed"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="6073045728"></ins><br />
<script>
     (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<post-id xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">860</post-id>	</item>
		<item>
		<title>明治時代のあらまし！ ざっくり言うと明治時代ってどんな時代？</title>
		<link>https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/858</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Jul 2014 03:33:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[明治時代]]></category>
		<category><![CDATA[日本の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[日本史]]></category>
		<category><![CDATA[明治維新]]></category>
		<category><![CDATA[文明開化]]></category>
		<category><![CDATA[富国強兵]]></category>
		<category><![CDATA[廃藩置県]]></category>
		<category><![CDATA[四民平等]]></category>
		<category><![CDATA[あらまし]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/858</guid>

					<description><![CDATA[今回は明治時代のあらましについて、日本の歴史を紹介します。 新しい政治 1868年、年号は明治と改められ五か条の誓文をもとに新しい政治が行われるようになりました。 新政府は、廃藩置県・四民平等富国強兵の制作を実行しました [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は明治時代のあらましについて、日本の歴史を紹介します。<br />
<script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><!-- 日本の歴史WPー上改 --><ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="3914141462"
     data-ad-format="rectangle"
     data-full-width-responsive="true"></ins><br />
<script>
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
<h2>新しい政治</h2>
<p>1868年、年号は明治と改められ五か条の誓文をもとに新しい政治が行われるようになりました。<br />
新政府は、廃藩置県・四民平等富国強兵の制作を実行しました。</p>
<p>しかし、このような新しい政治に対しては反対の意見もでました。<br />
国の財政を整えようと地租改正をしたときには農民が一揆をおこして反抗しました。</p>
<p>また、もと武士であったものは新しい政治によって自分たちの生活が苦しくなり出世の道が閉ざされていくことに不満でした。</p>
<p>これらの不満や反抗がすっかりきえるようになったのは政府のつくった新しい軍隊が西南戦争で勝利を得てからです。</p>
<h2>文明開化</h2>
<p>明治になってから西洋の文化がどんどん輸入されました。<br />
そして、大都市を中心に人々の生活の姿も大きく変わっていきました。</p>
<p>義務教育の制度が出来たこと交通・通信の設備が整ったこと新聞・雑誌が広まり暦は太陽暦が採用され新しい建築や服装がおこってきたことなど目まぐるしいほどの変わり方でした。</p>
<p>人々はこれを文明開化といってもてはやしました。</p>
<h2>議会政治の初まり</h2>
<p>明治になってから、次第に広まった自由平等・自由民権の考え方は、やがて「国会を開け」という運動になって盛り上がりました。</p>
<p>この結果、1889年(明治二二年)には我が国で初めての憲法がつくられ、翌年には、第一回の帝国議会が開かれました。</p>
<p>このときの憲法は天皇の強い権力を認めたものでした。<br />
また、議会は衆議院と貴族院にわかれ貴族院議員は天皇によって選ばれました。</p>
<p>今の憲法に比べればとうてい民主的なものとはいえません。</p>
<p>けれども我が国ではこれ以来憲法に基づいて政治を行い国民の選んだ代表者が国の政治について相談するという道が開かれたのです。</p>
<p>このことを考えれば日本の歴史の上で大きな進歩だったと言えます。</p>
<h2>伸びる国力</h2>
<p>やがて近代産業の目覚しい発達もあって国力は次第に充実してきました。<br />
特に、日清・口露の戦いに勝ったことは日本の実カを世界に知らせる結果になりました。</p>
<p>長い間、問題になっていた不平等条約の改正がこれ以来すらすらと進むようになったのも国力の充実が、土台にあったからだと言えます。</p>
<h2>明治の文化</h2>
<p>新しい時代に相応しい新しい文化も次々におこってきました。<br />
夏目漱石や森鴎外に代表される近代文学あるいは西洋音楽、新しい演劇、さらには医学や物理・化学などの新しい学問。</p>
<p>これらは、全て明治時代になってから急に進んだものです。</p>
<p>このほか生活の面でも野球・テニスなどの新しいスポーツが広まり映画の楽しみも味わえるようになりました。</p>
<p>このように考えてくると明治時代は、私たちの生活や社会の最も大きな基礎になった時代であったといえます。</p>
<p>しかもそれは西洋に比べて100年以上も遅れていた日本が一挙にその遅れを取り戻そうとしてがむしゃらに進んでいった時代でもあったのです。<br />
<script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><!-- 日本の歴史WP下 --><ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="8503767943"
     data-ad-format="rectangle"
     data-full-width-responsive="true"></ins><br />
<script>
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
<div class="m30-b"></div>
<p><script async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"></script><br />
<ins class="adsbygoogle"
     style="display:block"
     data-ad-format="autorelaxed"
     data-ad-client="ca-pub-4809320509292962"
     data-ad-slot="6073045728"></ins><br />
<script>
     (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
</script></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<post-id xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">858</post-id>	</item>
	</channel>
</rss>
