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	<title>武士 &#8211; 歴史をわかりやすく解説</title>
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	<description>日本の歴史や世界史・偉人やお城をわかりやすく解説します。</description>
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		<title>鎌倉時代の武士の生活とは？　武芸の道とは？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Feb 2014 22:04:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[鎌倉時代]]></category>
		<category><![CDATA[武士]]></category>
		<category><![CDATA[武家造]]></category>
		<category><![CDATA[武芸]]></category>
		<category><![CDATA[日本の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[日本史]]></category>
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					<description><![CDATA[今回は鎌倉時代の武士の生活について、日本の歴史を紹介します。 この時代に武士と言われる人たちは農村の地主でした。 もちろん、彼らは幕府の御家人ですから、鎌倉の幕府へ出かけたり幕府の指図するところへ出かけたりしますが、やは [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は鎌倉時代の武士の生活について、日本の歴史を紹介します。<br />
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この時代に武士と言われる人たちは農村の地主でした。</p>
<p>もちろん、彼らは幕府の御家人ですから、鎌倉の幕府へ出かけたり幕府の指図するところへ出かけたりしますが、やはり彼らの根拠地は農村でした。</p>
<p>鎌倉武士たちが、武芸の道に励むことが出来たのは都から遠く離れて田舎に住んでいたからだとも言えますね。</p>
<p>武士たちは農村で生活し、農村を治めながらまさかのときに役立つ武芸を練習していました。<br />
馬に乗ったり、狩りをしたり、刀や弓矢の使い方を練習したりして武芸の道に励んだのです。</p>
<p>武士たちが持っている、農村の領地は彼らにとって、大切な暮らしの土台でした。<br />
彼らは治めている土地の名前を自分たちの名字にするようになりました。</p>
<p>そして守護や地頭の武士たちと、領地内の農民の間は、たいへん深く結ばれていました。<br />
武士の屋敷は農村の中で村全体を見渡せる高台とか、交通の便利な平地などにありました。</p>
<p>広い屋敷の周りには、深い掘りや垣根が巡らしてあったので人々はこれを堀の内とか垣の内と呼びました。</p>
<p>武士の家は、普通の農民の家とは違っていて、その造りは武家造りと言います。<br />
家来のいる部屋・倉庫・馬小屋などに取り巻かれた屋敷のほぼ中央に主人の住む母屋があります。</p>
<p>屋根は、ほとんど板ぶきか、茅ぶきで、床は板じきが多く、畳のあるところは、わずかな部分という、質素なものでした。</p>
<p>夜になると、庭では、家来たちが夜通し、警戒にあたり、当番でない者も、枕元に武器を置いて、いざというときには、飛び出せるようにしていました。</p>
<p>広い屋敷の周りには、田畑があり、屋敷内に住む家来たちが、耕作していました。<br />
武士たちは、自分の領地を守り、それを広げていかなければなりません。</p>
<p>そのために、常日頃から武芸を磨き、周りの敵と戦う用意を怠りませんでした。</p>
<p>武芸の道は、武士の生活にとって、欠くことのできないもので農村の人々が暮らしを立てていくために、獣を獲ったり、田を耕したりするのとは生活のためという点で、代わりはありません。</p>
<p>同じ狩りをするにしても、武士はこれで武芸を磨き農民はこれを生活の足しにしていたのです。</p>
<p>吉見二郎という武士がいましたが、彼は詩歌を作ったり、音楽を好んだりして武勇を軽く考えたばかりに上京の途中遠江国(静岡県の一部)で山賊に殺されてしまいました。</p>
<p>弟の男衾三郎（おぶすまさぶろう）は「武勇の家に生まれたからには、武芸の道に励むべきだ！歌を作り、琴を弾き、笛を吹いたところで、なんの役にも立たない。自分の家の者は女や子どもに至るまで、荒馬を乗りこなし、弓矢を弾く練習を怠るな」と、日頃から武芸に励んだので、山賊は男衾三郎を避けて通したと言われます。</p>
<p>このように武芸は非常に重んじられ、やぶさめ・かさがけ・犬追物や、狩りなどが行われました。</p>
<p>かさがけは走る馬上から、かきの形をした的を射るもの、やぶさめもまた走る馬上から板の的を射るものです。</p>
<p>犬追物は馬に乗って、走る犬を射るものです。狩りはの武士の間にしばしば行われました。</p>
<p>頼朝が那須野(栃木県)や富士の裾野で行った巻狩りは有名ですが、これも、武士たちの武芸を磨くために、幕府を中心として行われたものです。</p>
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		<title>平安時代に武士が生まれたのいつ頃？　豪族と武士との関係とは？</title>
		<link>https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/731</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 03 Feb 2014 00:34:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平安時代]]></category>
		<category><![CDATA[日本の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[日本史]]></category>
		<category><![CDATA[武士]]></category>
		<category><![CDATA[豪族]]></category>
		<category><![CDATA[貴族]]></category>
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					<description><![CDATA[平安時代に武士が誕生したころについて、日本の歴史を紹介します。 12世紀にできた本に、「新猿楽記」というのがあり、この中に田中豊益という大地主の話が載っています。 (田中豊益は大百姓である。農業より他には、何もしない。  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>平安時代に武士が誕生したころについて、日本の歴史を紹介します。<br />
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12世紀にできた本に、「新猿楽記」というのがあり、この中に田中豊益という大地主の話が載っています。</p>
<p>(田中豊益は大百姓である。農業より他には、何もしない。<br />
前もってその年の気候な考え、スキやクワやカラスキも使っくいる。</p>
<p>つつみやほりや用水路をつくるときも、種まきや土おこしや田植えのときも、農民や手伝い女を上手に指図する。</p>
<p>田には・わせ・おくて・もち米などをつくり、畑には、大豆・小豆・ササゲ・粟・キビ・蕎麦・胡麻などをつくっている。</p>
<p>とれ高は、年ごとに増え、一粒の種から、万倍の実りを取り入れ、種まきから取り入れまで、少しの手違いもない)田中豊益のような優れた大地主は、この頃には、至るところに出てきました。</p>
<p>これらの地主の田や畑は、その地主の名前をとって、「何々名」と呼ばれましたので、彼らのことを、名主と呼ぶようになりました。</p>
<p>また、名主の内でも特に、たくさんの田畑なもち、大勢の農民を使い、豪族と呼ばれるような勢いの強い者もあらわれました。</p>
<p>豪族は下に、幾人もの名主を従えていました。</p>
<p>朝廷の命令で、地方へ行った国司の中にも、そのままその土地に住みついて、豪族になるものもあらわれました。</p>
<p>平将門や藤原秀郷などがそれです。<br />
また、古くから地方に住んでいる古い家柄のもので、豪族になるものもありました。</p>
<p>しかし、世の中は、ますます物騒になるばかりです。<br />
豪族たちは、泥棒の用心もしなければなりません。</p>
<p>そのうえ隣の豪族が、自分の土地を広げようと、無理に、攻め込んでくることもありました。</p>
<p>こういうときに、実力で手向かうために豪族たちは、自分の手下の農民の中から、カの強いもの、気の利くものなどを選んで、武器を持たせました。</p>
<p>これが郎等と呼ばれる人たちです。<br />
豪族たちは、何か争いがあると、20人、30人もの郎等を引き連れて、戦うようになりました。</p>
<p>このような豪族やその家来を、武士といいます。</p>
<h2>貴族と芋粥</h2>
<p>都のある貧乏な貴族が、「芋粥を腹いっぱい食べてみたい」と言いました。</p>
<p>これを聞いた藤原利仁にという敦賀(福井県)の豪族が、自分の国へこの貴族を連れて来ました。<br />
利仁の家に泊まった貴族は、夜中に１人の男が、屋敷の裏山で大声をあげて叫んでいるのを聞きました。</p>
<p>「この近所の家来ども、よく聞け！　明日の朝早く、切りロ三寸(約9センチ)、長さ五尺(約150センチ)の山芋を、一本ずつ持ってこい」と叫んでいるのでした。</p>
<p>よく朝、貴族が起きてみると、大きな山芋が、のきに届くほどたくさん積んであり、20人ほどの男や女が大釜で、芋粥を作っていました。</p>
<p>貴族はこれを見ただけで、腹がいっぱいになり、小さな茶碗に一善しか食べられず、利仁に割られました。</p>
<p>「今昔物語集」という本に書かれている話です。</p>
<p>豪族がどんなにたくさんの家来を持っていたか、また、その勢いが強かったかがわかりますよね。<br />
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