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	<title>講和条約 &#8211; 歴史をわかりやすく解説</title>
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	<description>日本の歴史や世界史・偉人やお城をわかりやすく解説します。</description>
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		<title>講和後の日本と世界とは？　日本の国連加盟とは？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Oct 2014 12:03:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[大正・昭和時代]]></category>
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					<description><![CDATA[今回は第一次世界大戦　強まる軍部の力について、日本の歴史を紹介します。 講和後の日本と世界 太平洋戦争が終わるとまもなくフィリピン・インド・パキスタン・ビルマなど、かつて西洋人の支配を受けていた植民地の民族が独立し東南ア [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は第一次世界大戦　強まる軍部の力について、日本の歴史を紹介します。</p>
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<h2>講和後の日本と世界</h2>
<p>太平洋戦争が終わるとまもなくフィリピン・インド・パキスタン・ビルマなど、かつて西洋人の支配を受けていた植民地の民族が独立し東南アジア諸国の団結も強められました。</p>
<p>1957年にはヒマラヤ連邦が独立し翌年にはアラブ連合共和国ができしだいに西のほうのアフリカにも新しい波がおよび、1960年にはフランス領のアフリカが独立しました。</p>
<p>こうして、アジア、アフリカ一帯にはアメリカや、ソビエト連邦の仲間とは別の勢力ができていったのです。</p>
<p>「ニつの世界」から「三つの世界」へという動きの中でアメリカは以前とし日本を味方に引き入れつつ<br />
ソ連・中共と対抗しょうと、がんばっています。</p>
<p>こうした態度は、講和条約にも日米安全保障条約にも、はっきり示されました。</p>
<p>日本の中にはこれは戦争をさそうようなものだからというわけで反対する運動も強まってきました。</p>
<p>講和条約により、アメリカの占領が表向きとけた年のメーデーには今までのアメリカの圧力に対する反感が爆発して血を流すような騒ぎもありました。</p>
<p>政府は、労働運動のすさまじくなったのに対して1952年(昭和27年) 破壊活動防止法を施行し、暴力をふるう団体の解散および破壊的と見られる社会活動の取り締まりをしようとしました。</p>
<p>そのほか新憲法が認めた様々の国民の権利をあれこれと制限する法律を定めていきました。<br />
そして、教員が政治について批評したり考えを述べる行動についても抑える法律を定めました。</p>
<p>日本の民主主義をもっともよく盛り込んだ憲法がまず軍備の問題からはじまって、このようにいろいろと由来できたので世論は騒がしくなりました。</p>
<p>憲法を改正しようとする意見も強まりましたが、これは絶対に守るべきだという声も強く議論がたえません。</p>
<h2>日本の国連加盟</h2>
<p>アメリ力を中心とする国々ソ連を中心とする国々とのあいだの関係もあるときは緊張し、あるときは平和的になるというふうで一進一退でした。</p>
<p>こういう世界の動きの中で日本がアメリカと軍事協定を結びながらソ連と国交を回復していないということは非常に危険なことでした。</p>
<p>そこで、鳩山内閣は国民の願いに答えて、ソ連との国交回復につとめ1956年(昭型21年)日ソ両国間の戦争状態を終わらせる共同宣言の調印が行われました。</p>
<p>また、同じ年に日本は国際連合への加入を認められました。<br />
1945年にできた国際連合は前の国際連盟と異なり、アメリカ・ソ連が加わっています。</p>
<p>しかも、最近ではいわゆる小国の力も見逃せないようになり、新しいアジア・アフリカ諸国の動きが<br />
大切なものになりつつあります。</p>
<p>こうした中で同じアジアの一員である日本の果たす役割は非常に大切なものがあり、今後の国連での活躍が期待されます。</p>
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		<title>平和条約と国連加盟とは？　講和条約とは？</title>
		<link>https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/950</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[管理人]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Oct 2014 11:58:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[大正・昭和時代]]></category>
		<category><![CDATA[日本の歴史]]></category>
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		<category><![CDATA[平和条約]]></category>
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					<description><![CDATA[今回は平和条約と国連加盟について、日本の歴史を紹介します。 講和条約 大戦が終わっても、まだ平和条約が結ばれていなかったので、これをもとめる声は、各国の間に高まっていました。 しかし、アメリカとソ連など共産主義国との間が [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回は平和条約と国連加盟について、日本の歴史を紹介します。</p>
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<h2>講和条約</h2>
<p>大戦が終わっても、まだ平和条約が結ばれていなかったので、これをもとめる声は、各国の間に高まっていました。</p>
<p>しかし、アメリカとソ連など共産主義国との間がしっくりしないため太平洋戦争の交戦国のすべてが参加する講和は難しい有様でした。</p>
<p>日本の中にはそうした二つの世界の一方とだけ講和するのはよくないという学者たちの意見も強かったのですが結局、1951年(昭和26年)9月にアメリカのサンフランシスコでソ連・中共などを除いて講和条約が結ばれました。</p>
<p>この条約によって、日本は主権を回復し連合軍の占領を免れる立場になりました。<br />
しかしその条約の内容はつぎのようなものだったので日本の本当の独立は、難しいものになりました。</p>
<ol>
<li>日本は朝鮮の独立を認め台湾・千島列島・南樺太などのもとの領土を手放す。</li>
<li>琉球諸島などは国際連合が預かり、その政治は、なおアメリカがみる。</li>
<li>連合国軍の軍隊はすぐ日本から引き上げる。しかし、日本と特別の約束をした国の軍隊は留まっていても構わない。</li>
<li>日本は連合国に賠償金を払う。</li>
</ol>
<p>賠償金の額については、それぞれの国と、別に相談して決める。<br />
このサンフランシスコ条約の調印に続いて日本はアメリカと日米安全保障条約を結びました。</p>
<p>この条約は、武力によらなければならないが、あいにく日本は武力を持ち合わせていないからアメリカ軍になお引き続いて日本に留まってもらい日本の安全を守ってもらおうというものでした。</p>
<p>もちろん、これはソ連・中共などの共産主義勢力の攻撃を予想しての条約です。</p>
<p>このような一方の勢力とだけ結び日本を再軍備化するような内容を持つ条約には日本でも反対するものが多くしたがって講和条約・安保条約(日米安全保障条約の略)を認めるかどうかで国会はもめました。</p>
<p>社会党は、これを巡って二派にわかれてしまいました。</p>
<p>しかし、とにかく安保条約は成立しさらにこれを受けて、日米行政協定が決められアメリカ軍が、日本に留まることについての条件が細かく決められたのです。</p>
<p>その結果、各地にアメリカ軍の基地がでてきました。</p>
<p>しかし、行政協定は国会で承認をもとめられなかったため国民の反感を強め、各地の基地を巡っても今でも続いています。</p>
<div class="m30-b"></div>
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