今回は天皇と政治の歴史について、日本の歴史を紹介します。

大和朝廷が日本をまとめてから天皇の位は現代まで途切れることなく続いています。
こういう例は、日本のほかにはあまりありません。

はじめ、天皇は神のことを聴き、それを人々に伝える役をしていました。
大和朝廷の初めの頃は、政治も人間の思うようには出来ませんでした。

占いによって神の言葉を聴きそれに従って政治をしたのです。
神の命令を聞くために、占いができるのは天皇だけでした。

五世紀頃になると、豪族がより集まって政治をするようになりました。
中でもち蘇我氏は、政治のカを1人で握り天皇よりも強い勢いになりました。

しかし蘇我氏が、豪族全体のことを考えず、勝手な政治をしたので中臣氏が中大兄皇子と力を合わせて蘇我氏を滅しました。

皇子と中巨氏は、天皇を中心にした強い国家をつくろうと考えました。

これが大化の改新です。

大化の改新で活躍した中臣氏は、後に藤原氏となります。
藤原氏は、改新の後、天皇をずっと高い位におしいただきました。

天皇は神であるという考えも、この頃から表れてくるのです。
やがて藤原氏は、政治の上でも、たいへんな力な持つようになりました。

そうなると天皇は、ただ儀式に出るだけで、政治には何の力もありませんでした。

しかし、実際に政治を動かしているものでも自分のカだけでは、思うように他人や、国民を抑えてはいけないと感じると、いつでも天皇を後ろ盾にして、自分の力を強めようとしたのです。

貴族と繋がりのない、農村出身の武士たちでも、天皇を後ろ盾にしました。

全ての武士を率いるものは、やはり天皇から征夷大将軍の位を貰ったものでなければならないとされました。

このことは、南北朝の争いに、はっきりとあらわれます。

京都と吉野にふたりの天皇がおり、新田氏とか楠木氏などは南朝の後醍醐天皇をいただいて、旗印とし足利氏は別の天皇に偽の三種の神器をもたせて、自分の旗印としたのです。

三種の神器というのは、皇室に古くから伝えられた剣・玉・鏡の三種で、天皇の位を示す印になるものです。

このようにして、天皇をいただいて、自分の威勢を強めようという考えが、これらの武士にもあったのです。

これは、悪く言えば、天皇を利用しようという考えです。
戦国時代の地方の大名たちが、早く京都に出たいと考えたのもそのためです。

つまり、京都で天皇に仕えることによって、自分の力を強くしようと考えたのです。
これに成功したのが、織田信長と豊臣秀吉です。

秀吉は、自分の別荘の聚楽第に天皇を招き、多くの大名を呼びました。

そして、自分は天皇に仕える大臣である天皇を尊ぶと同じように、この秀吉にも、尊敬の気持ちを持つようにということを大名たちに、わからせようとしたのです。

この後、江戸幕府ができると幕府は、大名たちを京都に近づけないようにしました。

というのも、大名が天皇に近づいて、天皇を利用したりするのを恐れたからです。

幕府はさらに、天皇を皇居の奥深く押し込めて武士と全く違った暮らしをしてもらおうと考えました。

天皇と大名の間が、このように遠ざけられたため天皇を利用して幕府と競争しようとするものもなく江戸幕府は長く続くことができました。

ところが幕府の力が衰えると、皇室を尊敬する学者や身分の低い武士、町人の中から、天皇をあがめる勤王の志士があらわれます。

この人たちが、明治維新によって、天皇を中心とし政府をつくったのです。
新しい政府は、天皇が自分で政治を行うという建前をとりました。

しかし、実際の政治は、やはり大臣たちがしました。

明治のはじめは、言論の自由ということも強く言われていましたし、政治もそれほど、天皇が神聖だとは言いませんでした。

ところが、それでは、だんだん政治がやり難くなってきました。
政府は、天皇をもっと高い地位に上げ、神聖なものにしようと考えました。

政府が行う政治は、この神聖な天皇の命令によるのだということにしようとしたのです。

この考えでつくられたのが大日本帝国憲法です。

そして、大日本帝国は、神聖な天皇の国である、ということになり天皇は神のように尊いものであるという考えが国民の間に広められました。

子どもたちにも、天皇は神として教えられました。

昭和になると、軍部の力がだんだん強くなり政治も軍人が動かすようになりました。

そして軍人のカに引きずられ、日本は中国と戦争をはじめさらにアメリカ・イギリスなどとも戦争をはじめました。

軍部は、自分たちが勝手に政治をし、勝手に戦争をはじめておいて、それがみな天皇の考えであるというように、国民に信じこませました。

太平洋戦争が激しくなり、国民の暮らしが苦しみのドン底に落ちようとしたとき、それまでじっと我慢していた天皇が自分から進んで、戦争を止めようと言い出しました。

軍部は、慌てました。

しかし、それまで天皇の命令だからと言って、国民を動かしてきたのですから、その天皇の命令には軍部も逆らうわけにはいきません。

こうして長い戦争も、やっと終わりました。

戦後、民主的な政治の仕組みが整うとともに、天皇の地位もかわりました。
新しい憲法では、天皇は、日本というまとまりを表す象徴(しるし)と決めらました。

しかし、これから先でも、天皇をもっと高い地位におかねばならぬと考える人があらわれるかもしれません。

昔のような乱暴者が天皇の名を利用して民主主義を壊し国民を押さえつけるようなことがないとはいえません。

しかし、日本が正しい民主主義国になれば天皇は政治になんの繋がりもなく、日本人と日本の国が持つ長い歴史の記念として、国民に親しまれながら、伝わっていくでしょう。

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