今回は縄文時代の頃の日本の歴史を簡単に紹介します。

縄文時代は今からおよそ8,9千年前に始まり、二千年ほど前まで数千年間続きます。
縄文土器と呼ばれる土器が盛んにつくられたのがこの時代です。

この時代の様子は掘り出された土器や石器などから、わりあい詳しく知ることができます。
しかし、前の無土器時代からどのようにして縄文時代へうつりかわっていたか今のところはっきりわかりません。

貝塚

海岸からそんなに遠くない丘の上などに白くなった貝殻が一面に散らばっているのを見かけることがあります。

これは、縄文時代の人々が食べた貝殻を捨て、それが積もって出来たもので貝塚と呼ばれています。
つまり貝塚は大昔の人々のごみ捨て場であったのです。

この貝塚を掘ってみるとたくさんの貝殻に混じっていらなくなった土器や石器、鳥や獣の骨などが発見されます。

人間の骨や住まいの跡が見つけ出されることもあります。
また貝塚のあるところ貝の採れる海や湖に近かったはずですから貝塚の分布を調べると、その時代の地形なども大体を知ることができます。

このように貝塚はゴミ捨て場ではありますが、この時代の様子を知る大切な手掛かりになるものです。

貝塚はことに太平洋の沿岸地方に多く、中でも東北地方の松島湾・石巻湾、関東地方の東京湾、中部地方の渥美湾などのほか、中国地方では児島湖付近にもたくさんあります。

縄文式土器

貝塚から発見された土器を綺麗に洗って表面を見ると色々な文様があることに気づきます。
しかもその模様は大抵、縄模様になっています。

この時代の土器が、縄文式土器と呼ばれるのはこのためです。

縄文式土器がどのようにして発明されたかについては色々な考えがだされています。
粘土の上のたき火の跡が固くなったことから大昔の人が土器を発明したという学者もいます。

また、水が漏らないように植物で編んだかごの内側に粘土を塗っていました。

ところが、その入れ物が何かの拍子に、たまたま焼けたとき、植物の部分は燃えてしまって、後に固くなった粘土の表面にかどの模様が残っていました。

これが土器の発明のヒントになったと考える学者もいます。

いずれにしても土器の発明は、その頃の人々の生活をより便利に、またより豊かにし色々な面に大きな影響を与えました。食べ物を煮て食べるようになったのも土器が発明されてからのことです。

ところで、縄文土器が初めて作られたのは、いつ頃のことでしょうか?

これまでは、最も古い土器で6,7千年前のものと言われていましたが近頃では約9千年前のもであると考えれるようになりました。
学者の中には縄文土器こそ世界でも最も古い土器と考える学者もいます。

縄文式土器はつくられた年代によって早期・前期・中期・後期・晩期の5つに大きくわけられています。
一番古い早期の土器は、たいてい底が尖っているか、あるいは丸みを帯びていて平らなところに置くには不便です。

けれどもこの頃の土器は大部分が、ものを煮炊きするのに使われたらしく火の回りのよい点などから底が平らではない方がかえって都合がよかったのかもしれません。

次の前期の頃になると底の形は次第に平らなものに変わってきて地面にそのまま置くのに便利になりました。

ものを煮炊きするほかに、ものを蓄えるのにも使われるようになったのでしょう。
さらに時代が経つにしたがって、かめ・浅鉢・深鉢・壺・皿・土瓶など、それぞれの使い道にあったものが作られるようになりました。

模様もただ縄模様だけではなく、竹のへらで模様を付けたり、貝殻を押し付けたり、つめがたを押したりしたものが段々でてきました。

こうして、日本独特の模様をもった縄文式土器が生まれたのです。
お皿や壺を作るにしても模様を入れてみようという発想が当時からあったことにどこか嬉しさを感じますね。

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