今回は平安時代はじめの文化について、日本の歴史を紹介します。
平安時代はじめの文化は、前の飛鳥・天平文化と同じように、まだ大陸文化の影響が強く見られますが、その中には日本的なものが芽生え初めていました。
この時の文化は、大陸的なものから後の日本風の文化が開花するための準備の段階にあったといえますね。
奈良時代と同じょうに、漢文学が盛んで、漢詩文集「凌雲集」「文華秀麗集」「経国集」などが次々と編集され、大学でも中国の歴史や文学を学ぶ文章道(紀伝道)が重んじられました。
また、嵯峨天皇・空海・橘逸勢は三筆といわれ中国風の書道に秀れていました。
密教が盛んになったため、美術でも密教美術が中心となりました。
寺院は平地を離れて、厳しい修行に適した山地に建てられることが多くなり、このため、堂や塔の配置は不規則になりました。
比翻山の延暦寺や、高野山の金剛峯寺は、その代表的なものですが当時の建物が今も残るものとしては奈良県の室生寺の金堂や五重塔がよい例です。
彫刻では、一本の木から顔や体を掘る一木造りが流行り、密教の仏像である大日如来や不動明王などが、たくさんつくられました。
京都の教王護国寺(東寺)などには、秀れた仏像が残っています。
また絵画では、滋賀県の園城寺にある黄不動のような傑作が生まれました。